コロナ禍の激動の年。なにもかもがこれまでとは全く異質になってしまいました。
そんな中、昨年は現地でのエタップ・デュ・ツール参戦やシャンゼリゼのグランドフィナーレを見守った思い入れのあるツール・ド・フランスが、例年より1ヶ月遅れて開幕をしています。
やはりツールが始まるとサイクリスト魂がくすぐられるもので、毎ステージを楽しく見守っています。
さて、実は、今年のツール開催期間に差し掛かったら、サポーターズクラブ限定公開の参戦記として1年眠らせていた昨年のエタップ・デュ・ツール参戦の様子をブログで公開しようと考えていました。明日12日には今年もツール解説に呼んでいただけるということもあり、予定通り書き進めていきたいと思います。
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半年の準備期間
2018年12月にこの挑戦への準備を始めて、半年以上の準備期間を費やしてきた。
ブラーゼンを立ち上げて以来7年の間、ロードバイクを走らせることを競技レベルですることからは遠ざかってきたし、まともな強度のサイクリングも行ってはこなかった。
今回の挑戦の目的は「自分の中の自転車ともう一度向き合うこと」
ブラーゼンを立ち上げてからの7年は本当に怒涛で、毎日毎日、迫りくる課題を何とかしのいでいくことしかできなかった。ましてや、会社の代表になって以降はその度合いはより凶暴さを増していて、“ロードレース”とか“自転車チーム”というものとも向き合う余裕も一切なかったなと振り返りながら感じた。
そんなある日、「レース、チームの最高峰を観なければダメだ!」という支援の声によって、自分が一番見てみたかった舞台に挑戦することとした。
トレーニングスタート時の体重は63㎏、体脂肪は13%、最大酸素摂取量、乳酸除去能力は、この時点で測定した範囲ではいわゆる一般人の運動レベルだった。エタップ出場への準備として、その体にまず、週に3回2時間以上の継続的な高強度のライドを義務付けた。それ以外の4日は、30分以上の軽強度のライドか完全な身体的な休養によって回復をはかるカリキュラムを組むことにした。
2019年5月には体重60㎏、体脂肪9%まで至った。レースの2か月前の時点で、当初計画した通りの筋肉量と体重に到達したので、次のステップである、筋肉に持久力を記憶させるトレーニングへと移行した。これは、レースの総想定時間である5-7時間の継続的な運動に耐える為のトレーニングで、所謂乗り込みになる。しかし、まとめて5時間以上のトレーニングを捻出できるのは週の中の水曜日のみで、5-6月の2か月の間で計4回のみを行うに留まり、目標としているトレーニング量を消化することができなかった。
6月、国際医療福祉大学協力の元、那須ブラーゼンの選手達のパフォーマンス測定を行い、体重59kg、体脂肪8%、最大酸素摂取量60と、この時点ではチームに所属している選手達の平均値に近い数値を確認することができ、エタップで上位進出は叶わなくとも、一定以上の期待値は持っても良いだろうと感じていた。
7月に入り、更にパフォーマンスを引き上げるべくトレーニングの強度を増したが、ここで身体的な拒絶反応が散見された。睡眠が浅くなったり、頻繁に熱発をしたり、咳喘息の症状を示したり、皮膚にただれが起きたりと、トレーニングを詰め込みすぎてしまった様だ。
いよいよ渡仏
現役を退いてからは一度も感じてこなかった緊張感に苛まれていた。どちらかというと挑戦への不安感からだったと思う。
渡仏前の7月16日、なんと、高熱で寝込んでしまう。出発は18日。なんとか移動日などで21日開催の本番までに回復をしなくてはならない。
今エタップのスタート地点はフランス東部、アルプスの麓に位置するアルベールビル。冬季オリンピックの会場名としてご存知の方も少なくないかもしれない。停泊地はアルベールビルから40kmほどのアヌシー湖にほど近い山地のシャレーであることから、スイス・フランス国境に位置するジュネーブ国際空港からレンタカーで移動する選択肢をとることにした。
【シャレーから見上げるとアルプスの夏】
【山間部にはシャレーがたくさん。レンタカー・ルノーのバンとシャレー】
【ブラーゼンベアとアヌシー湖の一望】
19日はアヌシー湖周囲のライドを含む調整とスタート地点の下見の日、幸い熱は下がったが移動の疲れもあってか身体がすごく重い。20日は調整ライドと前日受付日。一緒に渡仏した小野寺慶選手と共に、峠をひとつ越えてアルベールビルへ。
【前日受付で参加賞のリュック他をお受け取り】
【スタート前夜のアルベールビルスタート地点】
レースの行程は、アルプス山脈の中の名物峠のひとつである1級山岳コルム・ド・ロズラン、2級山岳コート・ド・ロンジュロワ、2019年ツール・ド・フランスで決着の場に選ばれた超級ヴァルトランス峠(33.4km 平均勾配5.5%)を含む135km、獲得標高4500mの超山岳コース(※ツール・ド・フランス2019では土砂崩れに見舞われコースが短縮)
【スタート。このウェーブには招待選手しかいないのでハイレベルなレースが予期された】
出走は15のウェーブに分かれ、私は、0ウェーブ(招待枠)の選手として、7時02分にスタートラインを通過し、先頭集団に加わる形でレースを開始した。
スタートはウェーブ(500人~1000人程度のパック)毎に行われ、スタート直後に強豪選手達により形成された先頭のパックに介入し、まずは最初にして強力な一級山岳ロズラン峠を目指した。
この中には、元世界のトップ選手、現アマチュアのトップ選手達がひしめき、身体的な能力とさることながら、位置取りなどの小競り合いも多くあり、まさにここは最高峰のレースと化していた。
先頭パックでロズラン峠の麓に至り、登坂区間に突入したが、大きく消耗し、「オールアウト」の状態に近づいていた。 「なんとしてもついていかなくてはいけない。とにかくひとつでも前でゴールに近づかなくてはならない。」と焦るあまり、完全なオーバーペースで先頭集団にいたようだ。
登坂口で遅れると、やっと冷静になり、ぎりぎり維持できるペースに落ち着けようとするが、想像以上に体が重くなっていてペースの維持もままならない。
後で振り返ると、序盤のロズラン峠で既に熱中症になってしまっていたようだ。
登りで遅れてしまえば下りでなんとか挽回するしかない。タイヤのグリップの限界を探りながら、アルプス特有のガドレールの無いダウンヒルを全力で攻めた。しかし、同時にこのダウンヒルの間に大きな体調の悪化を感じいた。日が高くなり、更に気温が高くなってきたためだろう。午前中とはいえ、ヒルクライムの途上には容赦の無い日差しを背に受け、水をかけながら身体の冷却をはかったが、 許容するパフォーマス以上を引き出したことに加えて、これまでに積んできたトレーニングが室内におけるトレーニングが中心だったことも仇となり、高温に対する適応が不十分だったようだ。
下り区間でタイヤをグリップさせるために車体を抑える腕や脚を中心として、ほぼ全身に攣りと痙攣の症状を抱える最悪の1級ダウンヒルとなっていた。
登り区間で大きく順位を下げたことから、上位10%以内(=1000位以内)の目標を一旦忘れてペースを落とすことに。しかし、脚と腕の痙攣がやまず、止む無く峠をくだりきった地点にあるオフィシャル補給地点で二度めのストップを選択することに。
予定していなかった相次ぐ補給ストップに落胆しながらも、冷静さを保とうとする意志が同時に介在していた。せっかく迎えた大舞台でパフォーマンスを引き出せない自分に怒りを感じてもいた。
結局、この補給所では20分のロスを喫していました。 焦りと重い身体を引きずったまま2つ目の山岳コート・ド・ロンジュロワに向かっていく。
‐つづく‐(2020年9月12日更新予定)
【ロズラン峠の下り区間の先には、前年のステージスタート地点にもなったブール=サン=モーリスがみえてくる】